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⊇月щ日 ルーファウス
「これが…ツォンの力だというのか…?」
白目を剥き、アンゲロゲロなどと呟きながらひっくり返っている看守を後目に監禁所を出た私は、
一階フロントに待機していたリーブのもとへ詰め寄った。
「ツォンの行方は?」
「それが、未だ…」
リーブは疲れ切った面持ちで二・三度頭を振ってみせた。
ツォンが脱走した。剥がれた絆創膏とスーツ一式を残して。
「社長!!主任がいなくなったって…」
正面玄関が開き、タークスの短銃♀が慌てて駆け付けて来た。
「ああ、つい今し方だ…。ソルジャーならびに兵士全軍に緊急出動を命じた。
事は一刻を争うかも知れない…」
「そんな…アンゲロリーナの歴史について大分突き止めたところだったのに…」
「歴史?」
「聖典を見つけたんです。ここの地下の、アンゲロリーナ大聖堂で」
「──アンゲロリーナの大聖堂だと?!」
思わず声を荒げた私にリーブが顔面蒼白になって畏まった。
「実は、このビルの地下に前社長によって極秘裏に建設された、巨大な聖堂があることが判明しまして…。
ご報告が遅れたばかりか、こないな事態になるなんて…。えらい申し訳ございません」
「…なんてことだ…」
「まずは聖堂実存の確認をと思っていたところでしたが…さすがは調査課ですね。
聖堂の存在を独自に突き止め、すでに調査を進めていたとは…」
「まぁね。私の単独だけど」
得意気に応える短銃♀の手に抱えられた書物に私は目を留めた。
「それが、聖堂で見つけたという聖典か」
「はい。『新訳・アンゲロ聖典』と『せいてんしくまえるさま』。内容的には聖典によく見られる神話の類です。
天使ノエルだとか、裏切り者のファルエルだとか。ただ、舞台はこの世界に一致しているように思います。
それで、推測の限りですが…アンゲロリーナ信仰が広がると…、…社長?聞いてます?」
裏切り者のファルエル───その名を耳にした瞬間、私の脳裏に幼い頃の記憶が突如として甦った。
多忙だった親父が、ただの一度だけ絵本を読んでくれたことがあった。あれは私が四・五歳のころだ。
子供心にどうでもいいような内容だったのか、かなり退屈しながら聞いていたように思うが、
物語の主人公を慕っていた人物の一人が裏切り者となり、
主人公を殺害したところだけはひどく興味を惹かれた。
その裏切り者の名は、そう、ファルエル。
そして、物心過ぎたころだったか。
社長から素晴らしい本を譲り受けたとツォンが夢中になって読んでいた本があった。
親父が人に本を譲るなど珍しいと思ったものだ。
その本の内容を聞き、私は確かこう口にした───
「主人公が裏切られて、殺されるやつだろう?」
───胸がざわつく。
これは何だ?どうして私は『アンゲロ』に染まらないでいる?
会社を継がせる気でいた実の息子に親父が布施しないわけがない。
だから聖典を読んで聞かせ、幼いうちに洗脳しようとしたのだろう。
それにも拘わらず、少年期に副社長の地位まで与えられた私には、
地下大聖堂の存在さえ知らされはしなかった…。
『アンゲロ』は『クマエル』によって伝染する。それはスカーレットの体験により実証済だ。
しかも『クマエル』は瞬時にして『アンゲロ』を感染させる。それがウイルス性のものだとしたら…。
ウイルス…まさか私に…
───抗体…
「…私は帰宅し、もう一度親父の書斎を調べて来る」
「社長、ツォンさんのことはどないします?」
「指揮は一時ハイデッカーに預ける。リーブは…宝条の様子を見て来てくれないか。
奴にはクマエルによる感染について研究させているが…、少し…嫌な予感がする。
短銃♀、きみにはリーブの護衛を任せる」
「了解」
リーブと短銃♀は同時に頷く。
「何かあればすぐに報告しろ」
二人にそう告げ、会社を出ようとしたその時だった。
リーブの携帯電話にスカーレットからの着信が入った。
「ああ、こっちは今大変なんや…、……、な…なんやて?!イリーナだったって?!
…え、ええ、そんで、『レッドマーダー』については…」
報告を聞き、愕然としているリーブの手から私は携帯電話を取り上げた。
「私だ」
「あっ、社長、やったわよー!ツォンの例のサイトからアクセス者を割り出したわよっ!
キャハハハ!!もうねぇ、徹夜してお肌荒れちゃったりなんかして大変だったけど、
まぁ、ハッキングなんて、常日頃兵器開発を手掛けてる私にとっては…」
「結果だけ聞こう」
「…あらそう。ええっとね、掲示板の書き込み常連だったツォンの信心者『ラブ・エンジェル』、
それがなんと」
「イリーナか」
「…私に言わせなさいよ!結果、それはイリーナだったって分かったんだけど、
すごいことが判明したのよ!この掲示板の10/27までの『ラブ・エンジェル』の書き込みと、
『レッドマーダー』含む荒しまがいの書き込み、このアクセス元がすべて同じところからなのよっ!」
「…どういうことだ?まさか、イリーナの自作自演…」
「私も始めそう思ったわ。でもね社長、思い出してみて。
イリーナともう一人、長期間同じ部屋に閉じこめたことがあったでしょう?
あれは人体実験の一環みたいなものだったけど。その時に、パソコンを一台支給したのよね。
アクセス元はそのパソコン。つまり、神羅カンパニーの所有物よ」
言われてみればそんなことがあった。
そう言えば、あの時期からタークスたちに異変がなかったか?
「…もう一人…、確か、レノ…」
「そうよ!レノよ!キャハハハ!!ねぇ、すごくない?すごいでしょー?!何やってるのあの子たち!」
「しかし、そうなるとレノの自作自演ということも考えられる」
「『ラブ・エンジェル』イコール、イリーナとする確証は二人を解放した後の書き込みよ。
『ラブ・エンジェル』のアクセス元が、イリーナが個人所有しているパソコンからに変わったのよ!
あの子、ツォンに気がありありだったし、これはもう確定でしょ?
でもね、この後の『アンゲロリーナ』本人からの書き込み?まさか本人ってことないだろうけどー、キャハ!
この書き込みね、どうして?レノに支給してる携帯電話からなのよーっ!!キャハハハ!!
しかも最新の『レッドマーダー』の書き込みは、レノ所有の個人パソコンからって、これどういうこと?!
もうーっ!なんだか私、楽しくなってきたわよ!!レノに尋問する?!」
「…いや、レノには私から確認を取る。ご苦労だった」
まだスカーレットの声が聞こえていたが、私は通話を切るとリーブに携帯電話を返した。
「社長…」
「…指示は先に出した通りだ。後を頼む」
心配そうに私を見つめるリーブと短銃♀にそう言い残し、私は会社を後にした。
レノは言っていた。
「……あの絆創膏は絶対に剥がさないで下さい、と」
あいつは何かを知っている。ツォンにとって確実に切り札となる。
私はそう確信しながら自宅へと急いだ。
⊇月щ日 レノ
こんな時間にも関わらず、神羅カンパニー周辺はひどく錯綜してやがる。
───ツォンさんが脱走した。……俺には分かる、あの絆創膏が剥がれたんだ。
アンゲロを受信する、ツォンさんの力の源とも言える、ホクロの封印が解けちまった。
鬱積していたパワーは何倍にもなって膨れ上がり、このミッドガルを覆う───…。
俺は神羅ビル入り口から、青白く光る魔晄都市を見下ろし、ぎり、と唇を噛んだ。
腐ったピザなんて呼ばれるこの街に、別にそれほどの執着があるわけでもねえ。
だが………それでも………。
聞き知った声が聞こえて、俺は思わず物陰に身を隠す。
この声はリーブさんと──社長、それに短銃♀だ。ここで見つかるのは得策じゃねえな、と。
気配を消した俺に気付かず、3人は会話を始める。……へえ、なるほどな。
アンゲロリーナ大聖堂だか何だか知らないが、俺には関係ないね。
俺は、俺自身と──そして、ツォンさんと、ルードと、イリーナと、あいつらがいるタークスに
──“誇り”を取り戻してやる、それだけだ。いつか、ヴェルド主任が言ってたみたいにな、と。
着信音が鳴り渡る。なんでゴールドソーサーの曲なんだ。しかもリーブさんかよ。別にいいけどな、と。
相手は……スカーレット部長か。こんな所まで会話の端々が聞こえてきやがる。
ホント、でかい声の女だぞ、と。今となっちゃ都合がいいけどな、ケケケ。
そう思っていた矢先、気になる単語が飛び出してきた。
イリーナだと……?
スカーレット部長に続いて、リーブさんが大声でそれを復唱する。間違いねえ。
続く言葉を予測して眉を顰めながら、俺は何とかして会話を聞き取ろうと精神を集中させた。
立て続けに暴かれてゆく『ラブ・エンジェル』『レッドマーダー』そしてそのアクセス元───
閉じ込められていた時期、支給されたPC。あの女、そこまでたどり着きやがったのか。
ふん。見かけによらずやるじゃねえか、と。俺は内心の焦りを押さえ、身を潜め続ける。
そして、決定的な台詞が社長の耳に渡った。
アンゲロリーナの書き込みが、俺の携帯からだと言う事。
俺が携帯を所持していない事くらい、調べればすぐに明るみに出るだろう。
そしてその現在の持ち主すらも。社長は抜け目ない、俺はそれを知ってる。
「レノには私から確認を取る。ご苦労だった」
社長がそう言って携帯を閉じる。俺はそれと同時に、まだ暗いミッドガルに駆け出していた。
まだ、捕まるわけにはいかないんだ。───俺は、俺にしかできない事をしてやる!
気が付けば、俺はミッドガル中央病院の壁をすごい勢いでよじ登っていた。
「おい、イリーナ。さっさと開けろ、と」
ベランダを乗り越えて、3階にあるイリーナの病室の窓をコツコツと叩く。
瞬間、すさまじい勢いでベッドから人が滑り落ちる音がして、数秒後光速で窓が開けられる。
あまりに仰天したのか、零れ落ちそうなほど見開かれた目でイリーナがぱくぱくと口を開ける。
「レ、レレレレレっレレレレレレッレレレノ先輩!何やってるんですか!つーか何時だと思ってry」
永遠に続きそうなイリーナの台詞を無理やり掌で押さえ、そのまま外に引きずり出す。
「いいから逃げるぞ、と。文句は後で聞く………………………………かもしれない」
そのまま一気に下まで飛び降りる。誘拐だろうが何だろうが、知ったこっちゃねえぞ、と。
「なんなんですかレノ先輩!説明してくださいっ!!」
スラム街、出来る限り人通りの少ない通りを選んで走りながら、イリーナが問いかける。
「俺らは追われてる。神羅にも、たぶん、ツォンさんにもな、と」
「な、なんで………私、何にも悪いことしてないじゃないですかっ!!」
大した女だ。俺のスピードに付いてきながら、これだけの口が叩けるんだからな。
「………それを言うか?………“アンゲロリーナ”様よぉ」
ウォールマーケット。その裏通りで立ち止まり、俺はイリーナを睨み付けた。
その言葉を聞くと同時に、イリーナがびくりと身を竦ませる。
「へ?アレは、あの、エンジェ、……ぁ、!!………あ………」
そのまま、みるみるその顔が青ざめていくのがわかる。
「……もしかして、今頃気付いたのか?相変わらずお前はお気楽な奴だよな、と。
あの狭い部屋に居た頃からほとんど変わっちゃいねえ。詰めの甘いガキだ、と」
「………わ、たし………」
「社長だってもう気付くところまで来てる。お前は追われる身なんだよ。わかってんのか?
ツォンさんの絆創膏が剥がれたきっかけは、お前の後先考えない書き込みにあると俺は思ってる。
お前はツォンさんを、このミッドガルをアンゲロに染める役目の1つを確実に担ったんだぞ、と」
立て続けに言い放つ俺の言葉に、イリーナがみるみる瞳に涙を溜めていく。
───ああ。こんな状況、いつか閉じ込められてた部屋でも経験したような気がするな。
そんな、憧憬にも似た平和な思いが一瞬だけ浮かび、また音も無く消えていく。
「……、だ、だったらどうして先輩は、わたしを、連れ……」
やれやれ、と。───まったく、どこまでこいつはガキなんだかな。
「お前が捕まれば、俺の身にも火の粉がかかる。───……………ってのは冗談で、と。
……お前がタークスだからだ。黙って腐ってくのを見てるのは、……くく、俺らしくねぇだろ?」
俺の言葉にイリーナがはっと顔を上げた。俺はその目を見ながら続ける。
「………捕まるな。神羅にも、アンゲロリーナにも。……絶対にな、と」
それだけ言って、俺は踵を返した。ここからは別行動だ。
「先輩っ!先輩は、これから、どこへ………!」
………どこへだろうな、と。場所なんかわかりゃしねえ。でも、心は分かる。
「───ちょっくら、決着を付けに な、と」
クマエル。俺の───……… それ以上は言葉にならねえ。
「待ってください!先輩、疲れてる。どこか休める場所を見つけないと」
ま、疲れてるっちゃ疲れてるけどよ。自宅は言わずもがなだし、神羅ビルだって無理だろうが。
そう言おうとした俺の手を、イリーナは有無を言わさず取ると、南に向かって駆け出した。
「こっちです。まだ私が軍事学校の生徒だったころ、姉さんたちに秘密で格闘の訓練してた場所。
私と、あと1人以外はまだ誰も知らないから、安心です。───使ってください」
やれやれ。強引な所も、あの部屋にいた頃と変わっちゃいねえ。俺は肩を竦め、少し笑った。
───決戦の時は近い。 To be continude.......
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